一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

外食嫌い

今はあんまり無いけど、昔から外食に行くのが嫌いだった。

どういう時間に外食に行くのかと言えば、当然夕食時であろう。だから混雑する。

どうも他人はこういう混雑を「空いていたらいいよね」くらいには思っても、「苦痛」には感じないようだ。

隣に人が座るのが嫌なので、寿司とかラーメンのカウンターの席は避けるし、電車も基本的には座らない。

今でこそ家族にも浸透してはいるけれど、最初の頃は「意味が分からない。なんて面倒な奴なんだ」みたいな扱いを受けていた。

 

前にも書いたけど「音」も苦手なんだよね。

友達つき合いで稀に居酒屋に渋々付き合うと、四方八方から笑い声やら手を叩く音が絶え間なく聞こえ、会話するのでさえ近くに寄らないと聞こえないくらいである。

やはり混雑すると慌ただしくなり、皿のぶつかり合う音も頻繁に聞こえてくるし、この前のファミレスみたいに結構な音量で音楽が流れているのもダメである。

耐えられないかと言われれば我慢できないこともないけれど、とても会話や食事を楽しむ気分にはなれない。

 

忙しそうに動き回る店員を見るのも苦手である。

両手に必死で食器を抱え右往左往。コーヒーカップが空になるや、別に頼んでもいないのに「おかわりは必要か?」と尋ねてくる。

なんと落ち着かなくなる光景だろう。

別に料理が来るのが遅くてもかまないし、混雑時に少々待たされてもかまわない。

おかわりが必要であればこちらから声を掛ける。

だからもう少しまったりやろうよ。ちょっとくらいこっちに手間が回ってきてもいいからさ。といつも思う。

先日テレビで見たけど飲食店の研修かなんかで、如何に一度に大量の食器を運ぶかの訓練みたいなことをしていたが、もうそういうことはやめようと泣けるような気分だった。

少なくとも自分はそこまで要求しませんと。

 

で、近所にいついってもあまり人がおらず、静かで優雅に食事の時間が過ごせ、地元ではあまりない和食が食べられる店があって、外食に誘われた時なんかはそこを指定すると「いつもそこじゃん・・・味も可もなく不可もなくなんだよなぁ」と不評を買いつつも行っていた店があった。

不快な会話や音楽もほとんど無いし、慌ただしく動く店員の姿も無い。

ああ!コレだと!

しかし、これも競争社会故なのかこの間潰れてしまった。

優雅に食事が楽しめる正にその事によって、潰れてしまうとなんと嘆かわしい事なのか・・・。

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