一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

覚悟と嫌らしさを忘れちゃいけない

称賛だけではなく、不特定多数の冷めた意見にさらされるであろう事がわかっていながら、世に物を発表するとき、それが「上手く出来た」「前よりは出来た」「人に見せてもいい出来だ」そういう自負心があるから発表するのではないか。

恥を忍んで言えば、自分がそうである。

しかし、そういう人程、批判されると卒倒しそうになったり、怒りに駆られないだろうか。

どんなに苦労と情熱を込めて作った代物にしても、ある人にとってはゴミ程度の価値しかないことがままある。

小学生でもわかりそうな事(学校なんて正にそういう場所じゃないか)なのに、一度批判に晒されれば穏やかではいられない。

 

「上手くいった!よし!発表してやろうじゃないか!」その陰で膨大な数の上手く出来ない人がいる。

思い描いたものを作り出せるその陰で、やりたくてもそれが出来ない人がいる。

努力だけでは越えられない壁ってあるんだと思うよ・・・。

出来ない出来ないと嘆きつつも、なんとか続けていっている人にとっては、傷口に塩を塗られているようなものではないか。

高みにたどり着くっていうのは多くの人に称賛と希望を与える一方で、多くの人に絶望と嫉妬を与えることでもある気がする・・・。

出来ない人を蹴散らしていくのが正しいのか、気を遣って抑えていくのが正しいのかはわからない。

 

批判する奴なんて嫉妬じゃないかと思われるだろうし、まあそうなんだろうけれど、不特定多数に発表しなくてもいいであろうものを発表する以上、やっぱり覚悟を持ち、常々心に留めておく必要があるんだと思う。

そうは言っても、批判されたら自分も穏やかではいられないだろうなぁ。鍛えていくしかない。

 

いいかい~?忘れるなよぉ・・・。

君は良く出来た!皆見てくれ!感想を言ってくれ!というか褒めてくれ!と思って発表するのかもしれないけど、それを快く思えない人達が必ずいて、そういう人たちの目にも触れてしまう可能性があるということを絶対に忘れるなよぉ・・・。 

 

こう書いていて、そういえば太宰治にも「物書く奴はどうのこうの」というような似たような話があった気がするけど、思い出せない。