一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

その決断に、未来はあるのか

PDD・ADHDの人向けのコミュニケーション能力の訓練。それの中級が16回あることは初級に出た時点で知っていた。

知っていたんだけど、中級の初回に出た時、当初考えていた以上にストレスで、これを後15回も耐えなければならないと考えた時にちょっとした絶望感を覚えた。

 

時を遡る事中学生時代。体育の授業であったバレーボールが様々な事情で苦痛を超えて最早地獄のように感じられた。体育そのもの、というより学校そのものも勿論苦痛であった。

そんな状況にあっても、一度でも休んだら本当の意味で心が折れてしまうし、あんまり相談できる人もいなかったのでなんとか耐えていた。

そしてついにバレーボールの授業の終了の知らせがあった時には、心の底から喜んだ。

しかし、その数日後。何の事情がだったかは覚えていないが、まだしばらくバレーボールを続けるという話を聞いた時には目の前が真っ暗になるような絶望感があったことは今でも覚えている。

今にして考えれば、苦痛を耐え忍んでもその結末に未来は無いし、誰が助けてくれるわけでもないし、周りの連中にとってはなんでもないことだという最初の体験だった気がしてきた。その後の人生でも良かったと思えたためしがない!

選択肢が無いというのはとても辛い事である。

 

あの時ほどではないけれど、残った中級の訓練をどうするかで悩ましい毎日。

行くとストレスで体調が悪くなるんだ。本当なんだ。

しかし、行かないでそれからどうするのかも、名案も未だに無い。

あそこに行ってもそんな気持ちを話し合えるような人もいないであろう。何故ならそんなヤツはとっとと辞めてっちゃうからだ。