一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

人それぞれの幸せの形

弟が母の日のプレゼントと一緒に写真を添付してきた。

かつて彼が遠く離れた地で、寂しい大学生活を送っていた時は、単位が取れるのか!?留年か!?というギリギリの状態にあり、自分もニート状態で日々悩み続けて、そんなものだから電話でダメ人間トークに花を咲かせていたものである。それが当時の彼女と出会って尻を叩かれ無事卒業し、結婚してからというものの、妙に上から目線で説教をする人間になってしまって、それ以来ずっと嫌いでいるんだけど、送られてきた写真には娘を抱え、満面の笑みを浮かべる弟の姿があった。

 

ダメを知っているからこそ、ダメが許せなくなるのかもしれない。

尤も今がそんなに真面目なのかは知らないけど。

 

彼は嫌いだし、会いたくもないが、こういう写真を見せられると「それでも」どこか応援したくなるし、「そっかぁとりあえず向こうは上手くいっているのか」と安堵するような気持ちも出てくる。

と同時に学生時代からずっと何かしらに悩み続けてうだつの上がらない自分を相対化してしまう。

親は「大変なものを背負い込んで、これから大変だぜ!バカめ!*1」くらいに考えておけばいいじゃんと語っていたが、いろんな人に心の底では複雑な、黒い感情を抱く自分でも、流石にそこまで陰険ではないよ。

 

なんだろう彼と同じことを、同じものを手に入れても恐らく幸せにはなれないだろうし、背負っていく度量や能力もないであろう。基本的には誰とも、なんとなく会いたくないし、自分のことは自分の好きなようにやらないと気が済まない。誰かにやってもらうのは、自分ができない事ならともかく、機会を奪われている様で好ましくない。

自分には自分の「価値基準」っていうのがあるはずなんだけど、まだ明確で己自身に自信が無いから、他人を前にすると常に揺さぶられる。そういう意味でもやっぱり会わない方がいいだろう。

会わなければ揺さぶられることもなく、敵意を向けることもなく、小言を言われることもなく、応援する気持ちになれるから。

昼間に散歩をしていると、子供と散歩をしている母親をよく見かける。

あれだってその一面を切り取ってみれば幸せそうだけど、それ以外の時間では何が起きているのか知る由もないし、弟夫妻だって例外ではないぞと母も語っていた。

 

自分のやることや価値基準にしっかりと自信を持つことができれば、つまらない感情に振り回されることはなくなるであろう。

*1: