一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

普通という受け皿

就職活動というのは自分の感覚としては、働いて金を得て、自立するというよりは、「そこに入れるかどうかを試されている」そう思えてならない。

支援会社は「あなたにあったやり方で」とどこも言っているし、実際にどうなのかはわからないけど、角が立っていたら削り落として、へこんでいたら埋めて、丸い形にして企業へ送り込む・・・どこもそんな感じじゃないだろうか。

 

発達障害サイコパスだのちょこちょこっと調べていると、脳の構造がどうのこうのと、どうしても一定の割合で発生するものらしい。

同じような姿をしているから「自分と同じ」とはやっぱりならないわけじゃないですか。

普通と呼ばれる人が圧倒的多数で、正にその事によって発言力が強く、社会もそれを前提として回っていくことになる。

そこから外れる人が大多数だったら、今頃「普通の意味」も大きく変わっていただろう。

 

角を落とし、穴を埋め、普通に入れる人や何か特出した能力で普通に立ち向かえる人はいいのだけど、そのどちらでもない人は一体どうすればいいのだろうか。

自分はどうなっていくのだろうか。

明日相談してみようか?やっぱり気が引けます。