一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

偏屈への道

勉強するとき時々ラジオを聞くんだけど、今日やっていたのが、お寺好きを繋ぐイベントを主催している人の話。

更にそこから発展させて、お坊さんまで含めた合コンまでやっているのだとか。

「え~当初は罰当たりだとか言われましたが~」とか言っていましたが、そんなことはどうでもいいのです。

 

それより気になるのが「なぜそんなに人と関わりたがるのか?」ということ。

趣味が合えば、感性も合う。そういう人とは理解し合え、長く楽しく過ごせるとか言っていましたが、前職との先輩や数少ない友達?との関係を考えると、同じ事柄が好きでも他人とは見てる所や感じ方はやっぱり微妙に違って、盛り上がるようなそうでないようなってことなんだ。

自分の場合だと両者共通することでも大抵相手の方が熱意があって、詳しくて、いろいろ思い出を語れて、どうしても聞き手に回らざるを得ず、関心する一方、すぐに疲れてしまうということ。

自分よりも詳しかったり、技術が上だったりすると、「くそ!あいつの方が上なのか!」とつまらない感情に振り回されたりも・・・。

とにかく「わかるわかる!」みたいにならず、なんかこう・・・「微妙にズレる」んだよ。

世の人々は共通事項があれば、さほど会話を継続していくことに疲れを感じないのだろうか。

確かに他者がいた方が、何かと広がりがあるし楽しい一面もあることは認めざるを得ない。

しかし、悩みは?と聞くと大抵人間関係が出てくるであろうに何故そんなに関りを持ちたがるのか、わからないです。

どうしても他人に合わせなきゃいけないですから、疲れませんか・・・?

 

その後、彼が曲をリクエストして、それが女性のお坊さんが作った曲で「ありがとう」を連呼する曲なんだ。

これが聞くに堪えない。下手という意味ではなくて、特に「ありがとう」という気分でもないのに、ありがとう、ありがとうと念仏の様に唱えられては何だか「うわー・・・!」みたいな感じになってラジオを切ってしまった。

以前も書いた、飲食店で1人が「ありがとうございましたぁ!」と言うとそこら中で「ありがとうごいましたぁ!」が次々発せられるストレス。あれに似ている。

そりゃあ、感謝の気持ちは大事ですよ?そういう理論、一般常識の理屈はわかっていますし、「小さな」感謝は忘れないよう心がけております。

だけどねぇ・・・。