一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

考え方が根本的に間違っているのか・・・?

デッサンの本を読んでいると、描き方の他にも作業風景の写真が何枚かあって、その中には姿勢がどうのこうのという解説もある。見ていると、とても堅苦しく感じてくる。

只でさえ理論、理論、理論。解説、解説、解説続きなのに、知識を得たい貪欲な人ならともかく、これから始めようとする人が楽しんでやれる雰囲気ではないような気がする。

絵を描くという情熱的な創造的な行為が、こうも堅苦しく、気難しいものでいいのだろうか?

子供の描く絵を見ると、確かに「上手い!」とは言えないがエネルギッシュで、何を表現したいのかはちゃんと伝わってくるし、何より楽しかったであろう事が感じられるじゃないか。

理論を突き詰めて凄い絵を描くのもいいけど、原点はそこじゃないのか、とか考えていた。そんな折、読んでいた本にこんな話があった。

 

以下引用。

「 創造 する こと」 は 人間 の 本能的 な 衝動 だ。

 小さい こども は 紙 や 壁 に やたら に 描き まくる だろ う?   駆け まわっ て 遊ぶ 肉体的 な よろこび を 抑え てまで、 じっと 絵 を 描い て いる。 それ を 見る と、 絵 を 描き たい という 欲望 が いかに 強い かが わかる。 ところが、 その よろこび を 小学校 の 高学年 あたり から 失い はじめ て しまう。   それでも 絵 を 描き たい と 思う ひと は 少なく ない。 学校 の 図工 の 時間 以外 には 描い た こと が ない から、 どんな ふう に はじめ たら いい のか わから ない けれど、 描い て み たい ─ ─。 そういう 者 が 集まっ て サークル を つくっ たり、 絵画 教室 に 通っ たり し て いる。

  この とき か なら ず やらさ れる のが 石膏 デッサン で あり、 モデル の 写生、 静物、 風景、 つまり は 写実 の ため の 技法 だ。 見え て いる もの を そのまま に 写し とり たい わけ じゃ ない のに……。 それなら 写真 の ほう が よほど 手っとり早い し、 ずっと 迫真 性 が ある。  〝 描き たい〟 という のは つまり、 なにか 外 の もの では なく、 内 に ある もの を 溢れ 出さ せ たい、 表現 し たい という 衝動 の はず だ。   その なに かが 何 で ある か、 どう すれ ば それ を 引き出せる のか、 それ こそ が 問題 な ん だ。 それ は 絶望的 なほど むずかしく、 しかし 芸術 にとって いちばん 大切 な ポイント だ。 じつは 専門家 でも、 いや 専門家 で ある ほど 見失い やすく、 けっして 技術 だけでは 解決 でき ない 本質 の 問題 な ん だ。   ところが「 絵 を 描く」 という 話 に なる と、 石膏 デッサン だ、 花 の 写生 だ と 脇目 も ふら ない。 そこ には し ち めんどくさい 描法 の 約束 ごと が あっ て、 なかなか うまく いか ない。 ギクシャク し て いる うち に 描き たい という みずみずしい 衝動 が 消え、 イライラ する だけ。 けっきょ く、 おもしろく ない とやめてしまう。

絵の技術についての考え方が根本的に間違っているんだ。

それを一言で言い表したのが、「芸術は上手くあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」という三原則だ。

 

岡本 太郎. 自分の中に孤独を抱け (Kindle の位置No.1480-1489). 青春出版社. Kindle 版.

 

自分の実感としても、絵を描くことの楽しさを知る前に、理論の山に埋もれ挫折していく人が多いのではないだろうか。

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この絵は今日の昼頃描いた絵で、恐らく妹が数年前に買ったスケッチブック(もとより奴は絵なんか描かないのに)を服の山の中に埋没していたの親が発見したのを切っ掛けに描いた絵だ。

理論なんか殆ど知らないし、実際「どう描いていいのかわからんなぁ・・・」と悩みっぱなしで、出来てみれば「なんだコレ・・・」だけど、意外と楽しめた。

(結局デッサンなわけだが)

きっとそういう実感が何より必要なんだよ。

 

 

 

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