一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

なんだか家畜の様に思える

こう書くと怒られそうですが、就職支援を受けていると自分が家畜になったような気分になる。

支援会社は、自分のようなどうしようもない奴を訓練と称して、グループワークをやらせたり、ビーズ作りのスコアアタックをやったり、エクセル、ワードの練習をするわけですよ。

そうしてある程度成熟した頃合いで企業に出荷し、利益を得るという。

つまり自分らが収入源。上手い事企業に入れないと利益が出ない。他にも国からも補助金が出るらしいじゃないですかぁ・・・。

 

何度通っても、あそこに行くことが有用だとはどうしても思えないし、結局同じことの繰り返しになるような気がして凄く嫌だし、今更自分が何処かへ勤めて上手くやっていく姿なんて想像できない。

何度か書いてきましたが、過去を思い返せば前職は特に酷かった。

 

「この作業はロット印の押し間違えの危険があるから注意するように。わからなかったら聞け!」と念を押されたにも関わらず、数時間後にやらかし、大目玉。

次に同じ仕事を任されたときは、いつも検査をした数をノートに書くんだけど、その数を書き間違えた。

更に同じ仕事を任されたときにも何かを間違えた。

この辺りから、他の事も含め「どうしてそういつもいつも同じ事ばかりで怒らせるんだ!」と言われるようになって、何だか問題児扱いされ始める・・・。

 

そして最後。「正直君に任せるのは大層不安ではあるが、出来るようになってもらわないと困る!それにあれ程間違え、その度に怒ってきたわけだから、もう間違え尽くしただろう。逆に大大丈夫だろうから、細心の注意を払ってよろしく頼む!」みたいに言われて、「今まで間違えた、ここも、これも、あそこも大丈夫だ!うん!完璧だ!間違いない!課長出来ましたぁ!」と意気揚々と報告し、ノートを見せたら「君・・・これ、どういうことか説明して」と言われて凍り付いた。

 

もうこの世の全てを呪いたいくらいに自己嫌悪と絶望感に包まれた。

どうも、あっちに集中するとこっちが、こっちに集中するとあっちがみたいになって、要求される通りの仕事ができない。あの一件も本当にしょうもないミスだった。

上司は心底呆れかえった顔をして、もうあまり怒られなかった。ただ、今後一切の仕事の事は自分に聞き、他の人には決して聞くな。君の仕事ぶりを幾一確認すると言われただけだった。

 

思えば自転車で働いていた時にも「どうせ怒らせるなら、そんなしょうもないことではなく、もっと難しい話にして!」と言われたこともあった。

本当に些細な事ばかりだから、腹が立つのだろう。「何でそれくらいのことができないの!?何度同じことを言わせるのか!?」と。自分が逆の立場だったら、やっぱりそう思っただろう。

 

それからはもう頑張るというか、ただただ毎日を何とか凌ぐことだけを考えて、力尽きました。いつもそんな感じだった。

よく、仕事に行くのが辛くなった時の対処法として「とりあえず毎日を凌ぐ」とかありますが、体験的には人間この状態になったらおしまいです。

「仕事を頑張る、成果を上げる、信用を得る」から「ただ苦痛に耐える」に気持ちが切り替わり、能率なんてものは一切意識しなくなります。決していい仕事は出来ません!あの心情では不可能です!本当にただ耐えるだけ。悪循環である!

そこから状況が変わって、仕事が楽しくやりがいに満ちたり、一念発起する気力や切っ掛けが出てくる可能性も低そうですから、疎まれつつも惰性でしがみつくか、病んで辞めるかのどちらかになるような気がします。

まだ、信用を取り戻す闘志が僅かにでもあるのなら、鵜呑みにするな!!

 

あの就職支援会社の人たちは、こういうどうしようもない人間の気持ちを、絶望に瀕した状況を考えた事があるんだろうか?

他の参加者の本音はどうなのだろうか?数年前の病院のコミュニケーション能力を鍛えるデイケアと同じく、初日以降見かけなくなった人も何人かいましたが・・・。

だから既存の、一般的な、大多数の、支援会社の「自称あなたにあったやり方で」では無理なんじゃないかと不安なんです。

恐らくそんなに手間の掛かる反抗的な人より、疑問を持たずに従ってくれる方を優先するでしょう。

 

自分は主体性が無く、言われたことをただ黙って従うだけの家畜なのか、それとも「それ」がすぐ傍にあるのに気が付かない愚か者なのか・・・。