一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

少しだけ変化が

今日はワークショップではなく、電話の受け応え検定とかいう企画だった。

思わぬ誤算だったので、個人レッスンと称し、半日ネットサーフィンで時間を潰す。

いよいよ何をしに来ているんだ・・・!!

 

それはともかく昨日生活支援相談員の彼にあった時に思ったのが、自分も相談を受ける立場にはなれないかということ。

欠点の中にこそ、実は長所がある。と本に書いてあって、じゃあ自分にとってのそれって何だ?と言われれば、ニート、ひきこもり経験に該当するだろう。

これが相談員となれば、目の前の奴が正にこの間までニートだったわけだから、話しやすい、理解しやすい・・・かもしれない。

面接でも「自分にはこういう経験があるからこそ!」とか言って熱意に訴えることが出来るし、こんな経験が逆に武器になるかもしれない。

 

それに実際自分が肌で感じたことは、「話を聞いてくれる人は本当に少ない」ということ。

例えば、障害の事や就職の事に関して話を聞き、こうしなさい、ああしなさいという人であれば幾らでもいる。

そうではなくて、自分でもうまく説明できないようなごちゃごちゃとした悩みや、自分はこう思うんだけど、どう思いますか?という「問い」を「気軽に」聞ける、「気持ちに整理をつける」場は本当に少ないと感じる。

個人的にはこちらの方が遥かに重要度が、必要性が高いように思うのだが・・・。

 

相談員の彼と話して感じたことは「例え悩みの相談ではなくても、雑談に気軽に付き合ってくれる人が、自分の中の些細な変化を見てくれる、聞いてくれる人がいるだけでも、気分が違ってくる」ということ。

孤独であることを否定するつもりは毛頭ないけど、体感的に一人で悩み続けるのはなかなかにつらいことだと思う。

何もできないような気がしてくる。死にたくなってくる。

実際に自分も数年前まで保健所のカウンセリングに通っていて、1回辺り1時間、月2回と決して満足できる時間ではなかったし、直接何かが解決したわけでもないけど、自分の話に耳を傾けてくれる人がいるっていうことで、助かっていた。

ひょっとしたら、そういう人の聞き役くらいには人の役に立てるかもしれない。

 

仮に本気で目指すとして、そんな道はあるのだろうか。務まるだろうか。

単なる「躁」で終わらなければいいのだが・・・。