一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

相談の難しさ

これまでの相談について振り返ってみて、どうしてこう誰に話しても「話さなきゃよかった」とか、終わった後「一体何を相談しに来たのだろうか?」と思うのだろうかと考えていた。

 

思うに「こうあるべき!」というような一般常識が無意識のうちに前提としてあるからのような気がする。

仕事、人間関係、勉強、お金など、誰もが問題なく過ごせているかと言うと・・・そんなはずはなく、ないからこそ相談したい、話だけでも聞いてもらいたいと思うわけじゃないですか。

だけど、話すや否や「それは直さなきゃ、それじゃダメ!」とか言われたり、言われないまでも雰囲気としてそういう感じがあることも少なくない。

こうなると相談をしにきているのに、相手の顔色を窺って「これなら否定されないだろう」という話しかできなくなってしまう。

 

例えば自分の件だと、それじゃあ「働かなきゃいけないよね?」「自立を目指していかなければいけないよね?」「集団に馴染めるようにならなきゃいけないよね?」みたいな話になってしまって、悩みの中心部分を話すことができない。

記憶にある限りでは、一度として自分の本音を語ったことがなく、相手の言うことに従うばかりで、故に自分の問題と向き合う切っ掛けがなかなか無かったように思う。

 

もっとこう、とりあえずは「この人はこういう人だから」と受け入れてもらって、その上で話を聞いてもらえるような場所があればいいのにとつくづく思う。

一般常識、「こうあるべきだ!」という前提の壁は厚くとても高い・・・。

そうできないからこそ、この世に悩みが存在するというのに。