一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

差別感情の哲学より 1

読んだ感想とか、自分なりの考えを作っていくのがとても難しいテーマだ。

自分でも意識しない所から差別感情が生まれ、読んでいる自分自身例外ではないと突きつけられる本だった。

感想よりも、ずっと引き込まれる箇所が幾つかあったので、かなり長いですが引用することに。

 

 

 

 

親を殺したり、「誰でもいいから」刺したりする犯罪が増えるとともに、引きこもりやうつ病が増大するなどの社会現象に対する反省から、最近のジャーナリズムの風潮として、もっと人間的絆の固い社会の実現をという提唱が多いが、これは危険な方向だと思う。
先日のNHK特集では「ぎすぎすした社会」からの脱皮というテーマでパネリストから様々な提言がされたが、そろって人間関係の濃厚な社会、声を掛け合う地域社会の復活を唱えていた。
江戸時代から続く我が国独自の人間的絆を復活しよう、という声もあり、強烈な違和感を覚えた。

 

それはお互いに監視し合う社会であり、他人が個人を放っておかずにずけずけと介入する社会である。
社会のしきたりを個人に押し付ける社会であり、連帯感を強調する社会であり、帰属意識を高める社会である。

人間関係の濃厚な社会を単純に望むことは危険だと思う。
そこには、「みんな一緒」に居心地の良さを覚える人々の幸福と引き換えに、濃厚な人間関係を望まない多くの人を圧殺することになる。
むしろ(私の好みも多分に入っているが)他人に自分の価値を押し付けない社会、他人を縛らない社会、他人を調教しない社会、他人になるべく期待しない社会こそ実現すべきではないだろうか?

多様性そのものを維持することが大切なのであって、多少社会の能率が下がっても、不安定要素が高まっても、異質なものを同化するのではなく、異質なもの同士の「共生」を目指すべきであろう。
孤独でいたい人に孤独の自由を与え、不幸に打ちひしがれていても他人の助けを欲しない人の自由を尊重すべきであろう。

 

社会の安定と調和は、こうした人々を取り込んで一律な価値観を押し付けることによって実現されてはならない。
確かに、一般に集団から排除されるのは辛いことである。
しかし、同じように辛いのは、無理やり集団に留まることを強制されることである。
こうして、人間は何らかの共同体に属さなければ生きていけないことを知ったうえで、各人は自分の集団への帰属意識をなるべく抑えることを提案したい。
その集団があなたにとって大切であればあるほど、あなたはその集団のために動いていくであろう。
そして知らないうちに、その集団に属していることに誇りを持ち、知らないうちにその集団のうちで権力を振るい、その集団を守るために集団内の個人を追及し、その集団を守るためにある人々を集団から排除し、こうして集団に身を捧げることを通してあなたは差別感情をせっせと育てているのだ。

 

 

上述の通り、どういう人間であれ、何かしらの集団に属していないと生活ができない、生きていけないところに辛さがあると思う。

そこから憎悪とか孤立とか負の感情が出てくるのではないか。

自分の体験としても学校も職場も、自分の不出来を認めたうえで、とても辛い場所でした。

 

 

 

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