一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

心配しているんだから

弟から電話が掛かってきた。嫌な予感しかせず、無視しようかとも思ったけど、ひょっとしたら単なる雑談、久しぶりに声でも聴きたい「だけ」かもしれないと、出ることにした。

しかし、待っていたのは「最近調子どう?」から始まる説教じみた話だった。やっぱりそうか、彼からの話なんてそうだと相場が決まっているのだ。

 

これからどうするんだ?将来どうするんだ?親の事をどうするんだ?とそんな話ばかりが深夜だというのに次々出てくる。

何より気に入らないのが、度々口にする「心配しているんだから」という言葉。

そう言われた瞬間から、立場が決まるのだ。あっちが上でこっちが下。

自分は東京で仕事をして、妻と生まれたばかりの子を養っているという自負もあるんだろう。

「心配しているんだから」こう言われて嬉しかったことなんて一度としてない。

特に彼の場合においては、そう言っておけばどれだけ不快な気分にさせても「自分は正しい事を言っている、何より心配しているんだ」という免罪符になる。実際便利な言葉だよ。

初めからとっとと働けとでも言えばいいものを、そう指摘しても決して認めない。

自分がどれだけお前の事を心配しているのか、自分の理論が正しいのかを力説するだけで、話していて非常にイライラしてくる。

そしてその押しつけがましさも認めようとしない。

 

彼はコミュニケーションのやり方を知らない。こっちが何を言っても、自分が気にいる、納得する返事でないと認めようとしない。常に会話が平行線。次第に感情的になる。

あのコミュニケーション能力の訓練で学んだことが通用しない。

自分だったらよっぽどの事が無い限り意見はしない。ただ聞いて、考えてみるだけ。

 

何か進展あったのか?という質問が出た瞬間覚悟はしていたけど、感情を抑えておくのが難しい。

あれは会話じゃなくて、「早押しのクイズ大会か何か」じゃないかな。

向こうが問題を出して、こっちが「向こうが納得するであろう」答えを考え出すのさ。

それが気に入られなければ、延々説教じみた罰が続くと・・・。

前の時もそうだったし、というかいつもそんな感じだし、今回も早々に予測出来たし、もうそういうやり取りにほとほと疲れ果てて、あーとかうーみたいな返事しか出来なくなってしまう。

ストレスや怒りの感情は本当に疲れるんだ。

 

思えば彼が大学の狭くてボロい寮に一人寂しく生活し、大学が卒業できるかどうか危ういと言われていた時なんかは、2時間でも3時間でも話していても苦痛にはならなかった。

それどころか、たまにならそういう時間があってもいいかな、なんて思っていたりもした。

それが今の奥さんと出会い、尻を叩かれ無事に大学を卒業し、家庭を持ってからは変わってしまったよ。

電話が掛かってきても取りたくなく、出ても10分もすれば切りたくなる衝動に駆られる。

なんというか、向こうもいろいろあるんだろうけれど、嫌な奴になったよ・・・。

 

あの人も言っていたよ「家族ってだけで、どうしてこう人の心にズカズカ入り込んでくるのか」って。

 

それにしてもブログという環境が自分にあって、本当に良かった。

聞いてくれっていいったって、聞かされる方は迷惑極まりないだろうし、現状特に話す人もいない。でもここなら考えを整理しつつ、いろんな事が書ける。

そうする過程で、気持ちにも一段落がついてくるもの。 

 

 

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