一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

刺激に弱くなった

学生時代からそうではあったんだけど、最近外部からの刺激に滅法弱くなってきたと感じることがある。

日々就職支援会社に通ってはいるんだけど、電車内や駅の人込みで大変なストレスと疲れを感じるし、到着してもそこにはグループがあってその中でやっていくことも自分にとっては負担なのである。

数年前にはハローワークから、企業説明会があるから参加せよと言われたことがあって、行くには行ったんだけど、会場がまたすごい人で「いやぁ・・・ダメだこれは・・・」となって逃げるように帰ってしまった。

 

人にも基本的には会いたくはない。

友達と遊んだ時でさえ、帰った時には楽しさより疲れの方が強く感じられるし、人を好きになるよりは、つまらなく且理不尽な理由で、嫌うことの方が多い。

自尊心だの自己愛だの劣等感だの、人には人の生き方、価値観がある。そういい聞かせていながら、やっぱり無視できず囚われてしまう。動揺を禁じ得ない。

一緒に遊んでいる彼は何を思っているのか、果たして楽しんでいるのか?それとも合わせてくれているのか?だとしたら貴重な時間を使ってもらって、悪いかな・・・と一々あれこれ考えずにはいられないのも悪い癖なのかもしれない。

つくづく一人は楽だと感じる。というよりきっと人と一緒に生活したり、長く付き合っていくなんてことは自分には無理かもしれない。

 

他に行き場がないだろうから皆あそこに来て、順番待ちで待たされるくらいなんだけど、真面目に就職を目指して一生懸命頑張っているのだろうか。それとも意外とギリギリで、なんとか就職を先延ばしに・・・という風に考えているのだろうか。

見た感じでは皆前者のように感じられて、どこに行っても疎外感を覚えてしまう。

今日の目標に「ここに来ること」なんて書いているのはきっと自分だけだろう。

でも、つらいんだよ。

 

一方でこんな性格で悩んでばかりいるからこそ、同じような考えの人の気持ちを多少なりともわかってあげられるかもしれない。聞いてあげられるかもしれない。

こういう感覚は恐らくまともに取り合ってもらえないであろう。

 

刺激に弱いからこそ、少ない刺激で人生を楽しめるという考え方もできるかもしれない。

一日中家にいても特に退屈しないし、外には散歩に出るくらいで十分。人付き合いもそれほど必要なく、さっきまでラジオを聴きながら勉強をしていたのだけど、それだけでも十分充実した時間が過ごせる。

前の講義でもあったけど、メリット、デメリットは表裏一体なんだろう。

でも、今もってしても「何をどうするべきで、何ができるのか」さっぱりわからず、自分のことなど理解されず(尤も完璧に理解されるのはあり得ない話だとは思いますが)相談できる人脈もなく、やっぱり生きづらいです。

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