一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

やるせないいがみ合い

昨日の一件の事で先ほどまで母とメールでいがみ合い、如何にお互い理解できないかを確認し合って一段落着いた。

「心配している」と言いつつ、あのような言い方をいつもして「人の自尊心を傷つけるのはどうなのか!自立を願うことと逆行しているじゃないか。ああいう言い方をしなければならない根拠はあるのか」ということを問題のテーマにしたかったのだが、自分より立場の低い愚かな息子に反論されるのが癪に障るのか、「養ってやっているのに何だその態度は!?こっちだって働いて大変なんだぞ!親が死んだらどうするんだ!扶養を止めてもいいんだぞ!勝手にしろ!」と問題の焦点を変えられてしまう。

なんだ!自分だって小言なんか言われたくないんじゃないか・・・!

立場を利用して議論の場に立たず、こういう形で一方的に遮断するなんて、ズルくないですか。

それにしても、いがみ合うことのなんと醜く、合理的でないことか・・・。散々嫌な思いをして、何も残らないのである。

 

親からすれば、単なる働く働かないってだけの問題なんだろうけど、一個人としてはもっと込み入った、拗れた人生の問題なのである。この認識の、焦点のズレがいがみ合いに発展するのだろう。

 

そんなことから昔を思い出す。

自分は中学3年間は特に荒れておりまして、家では離婚騒動から母の友人2人が居候しだして、しょっちゅう喧嘩の、まあ家はぐちゃぐちゃでした。

離婚してから初めて父が会いに来てくれて、「じゃあ、そろそろ帰るよ」と言った時にはあまりの寂しさに涙が止まらなかったことを今でも思い出す。

人嫌い偏屈まっしぐらな僕にも、かつてはこんな感情があったのです。

 

十年ほど前に火事を起こして、今の団地に引っ越してきたんですが、大変不謹慎を承知で言いますが、火事が起きて良かったと思う自分がいる。

でなければ、あの2人が今も家に居続けたかもしれないのだ。

(亡くなったとか、そういう意味ではないです。念のため。)

 

学校では入学早々勉強、運動、美術、音楽、人間関係何一つ満足にできない落ちこぼれと化していた。

それに目をつけられて、いろいろありました・・・。本当に地獄でした。

更に朝起きれない。学校に着いても半分死んでいる。部屋がゴミ屋敷、汚い話ですがロクに風呂に入らない。髪を切らない。忘れ物が多い。ノートを買うのを忘れてばかりなので、空いている箇所全てに書き込んで、何が何だかわからなくなる等、荒んでいました。

こんな状態でしたから快楽が欲しかったのか、物欲が暴走して、親の財布からお金を盗んでは激怒され、外に締め出されることを繰り返しておりました。

周りも嫌だったし、自分も愚かだった。本当に荒んだ3年間だった。

 

だからあの時期に比べれば、今は随分まともなんですよ。

朝起きるし、食事の支度もするし、洗濯もする、部屋も綺麗にしている、風呂も入る、外に運動に出る、適度な趣味があって、なんとなく勉強もしている。人間関係は・・・希薄だけど今のところ問題はない。

ただ働くという行為がどうにもこうにも辛くて耐え難い。それだけなんです・・・。

 

明日はハローワークに情に訴える作戦で相談に行ってこようと思う。

就労支援はこのまま続けて大丈夫なのか怪しいし、親の圧力もある。

挫折と苦痛な経験から来る、根強い抵抗感。それを話したら、なんて返ってくるだろうか・・・。

 

 

 

 

 

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