一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

引きこもり続ける人は何を考えているのだろうか

自分の場合、「さしあたり平穏無事なのだから、これでいいじゃないか」と居直ることも「このままではいけない!手に職を!」ともできない中途半端な位置にいる。

損をしてでも真面目を貫き通す信念と覚悟も無く、といって無頼漢になれるほどの強さも無い様な。

 

自分自身の未来を思い描いては暗澹たる気分になり、ネットニュースを通じてそっと社会を見てみても、暗い話ばかりで同じ気分になる。

社会に出ても、というか働きだしても自分なんかやっていけないのではないか。これまでできなかったじゃないか。

仕事についていけるのか、人間関係は大丈夫なのか、もし遠方になったら通勤のストレスは、解決策として一人暮らしをしたとして、やっていけるのか?隣人にヤバいやつがいたら?怪我や病気や老後はどうすれば?と考えだすとキリがない。

今起こっている事ではないし、これから起こるのかどうかもわからない。案外あっけなく死んでしまうかもしれないのだし。

だけどそう考えている時って、妙にリアルに感じられて起こるような気がしてならない。そして対処方は知らないし、機知があるのかも、助けてくれる人がいるのかも怪しい。

逆を言えば、良い事が起こることだって十分にあり得るじゃないですか。そう全部が全部悪い方向に行くとも考えにくいと。しかし、過去の嫌な、挫折体験がしっかり下支えしていたり、認知の歪みに入りかけていると全く希望的観測ができなくなる。いや、ホントにできないです。

ですから、当事者にとっては「働くとか働かないとか」「言っても働けばなんとかなるだろ」とか「やってみなければわからない」とかの脳筋的な問題ではないと個人的に思うんですよね。

あるのは不安と恐怖だと。

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自分にも良き理解者、相談役がいてくれて、高校進学の時の様な「この学校は学力が低レベルでも入れる。ヤンキーが多い印象があり、故に校則が厳しい。でも君は真面目だからここなら上手くいくだろう」と道を作ってくれる機会がないものだろうか。

そのおかげかどうか絶望的だった中学三年間程問題は無く、卒業も出来た。(実際にはヤンキーよりもオタクが多い印象だった)

電車を二本乗り継いで1時間半近く。それを毎日通っていたのだから、今にして思えばよくできたなと。

 

やっぱり「働けば」なんてところに帰結させて本人だけに問題を背負わせても、解決できないと思うんですよね。そもそも動き出すことすら難しいでしょうし。その背後に何があるのかを見なければ。そういったものを明らかにしてくれる「場」がなければ。

 

働かないと「生きていけない」世の中が変わってくれないものか・・・。何故賃労働でなければならないのか・・・。

 

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