一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

人間関係と価値体系

「自分に自信が持てない。価値は無い。」そう悩む人の全てが「他人から評価、承認されない」ことに繋がるのではないかと思う。

例えば自分の周りに「名の知れる価値ある仕事、高収入、高学歴、高価な物の所有とか恋人がいる、結婚している、子供がいる、友達が多い」こういった価値体系があって、自分はそれらにさほど価値を認められない時、或いは「そうしたくてもこの頭では、この容姿では、このコミュニケーション能力では、この収入では・・・」と思っているなら間違いなくその人は不幸に「なる」

これらを「努力」で変えることは賛美され否定してはならない空気がありますし、もちろん頭から否定するつもりはありませんが、努力し成功できるのは一握りだけなのは誰もが認めることでしょう。そこから脱したかったらもう一つ方法があるのではないかと思う。

 

「周りの人間関係を変えること」即ち周りの「価値体系」を変えること。

周りの評価や承認に適合できるものがないのであれば、周りを自分のそれに合わせればいい。

同じ様な人が集まってコミュニティを形成するのは当たり前すぎるほど当たり前であったのだ!と今更ながら痛感する。

不幸になりたくなかったら、自信を喪失したくなかったら、「良い人間関係を選べ!」

価値は人が意味づけるものだ。

「他人は変えられない、しかし自分は変えられる」

いやいや!自分、特に癖や性格を変えるなんてことは同じかそれ以上に難しいことですよ。

変えられるのは所属する環境くらいでしょ。すると価値や感性も変わり、気が付かない内に自分も影響されて変わっていく。こんなところでしょう。

 

究極的に言うと「あなたが不幸なのではない」。「周りが、周りの価値体系が相対的にあなたを不幸だと意味づけている」のだ。

 

今まで自分の悩みは自分固有のもの、自分の内から湧いて出てくると思っていた。

でも違うかもしれない。他人によって意味づけられるものだと思うようになってきた。

現に世界に自分一人しかいなかったら、何を悩む事があるだろうか?

悩みや自分自身でさえ、相対的なことなのかもしれない。同時に自分自身も他人を「意味づけている」存在であるということだろうか。

「人は一人では生きていけない」そういう説教を誰しも耳にしたことがあると思います。「お前の着ている服は、食べているものは・・・」云々。

そんなことよりももっと自分の実存に関わることだと思いますよ。

 

自分も周りの人間関係を上手く調節できれば生きていけるかもしれない。ある種希望の持てる話ですが、容易いことではないでしょうね・・・。

 

 

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