一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

ひきこもり 心の問題

ひきこもっている人なら多くの人が感ずるであろう心の問題について

人に会う度、といってもほとんど家族くらいしかいないのですが、自分の問題が「働いているか否か、収入があるか否か」しか見られていない、考えられていないことを強く感じるし、閉塞や孤独を感じる。

「働けば何とかなる」というところから、「あの仕事はどうだ?この仕事は?」みたいな話題しか出ないのである。

理屈で言えば、確かに働けばいい。社会的にはそれで解決する。だけど残念ながら個人的には未だ解決できていない。理屈と感情はしばしば一致しない。

働くという段階のもっと「地下にある問題」に悩んでいるのだけど、その表層しか問題にされていない。

問題の根は正直自分でも上手く説明できないし、他人にわからはずもないから触れたくない、考えたくないのではないか。だから表層だけで、わかりやすい所だけで済ませたくなるのではないか。

問題を説明できない、つまり伝えられない。これ以上の孤独があるだろうか。

 

陶磁器の職業訓練に行くことを、そこから就職することを期待されていて、とにかく嫌な気持ちがある。そこには自分の意志など何処にもないからである。そういう形でしか動けない自分に嫌気がさす。

何故何をするにも抵抗を感じるのか?嫌なのか?過去の挫折経験からだろうか?学校などであらゆることに適正が無い事を嫌という程思い知らされたせいだろうか?長時間拘束されることがつらいのだろうか?人間関係が嫌なのだろうか?そもそも世の中の「当たり前」に適合できないのか?どれだけ部屋の中で一人で考えていても答えなんか出ないのである。

世の中就労支援やひきこもり支援(という名の結局就労支援)は数あるし、事が「労働」で解決するのなら、全くそれで良い。自分も方々頼ってきましたが、こういった問題や悩みを持って行く場所や向き合ってくれる人は本当にいないように思う。

生きること=労働なのか。

動き出すのが先か、気持ちに折り合いをつけるのが先か・・・。

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