一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

ひきこもりと世間

何年もひきこもった奴に、居場所は作れるのか?受け入れてもらえるのか?

 

数年前の障がい者の作業所の見学に行ったことや、それ以前の方々の面接のことを思い返すと、ひきこもり当事者と世間には大きな溝があるなぁということ。

当事者としては何年かぶりの世間、それも何度か挫折した「その世間」ですから不安になる。だからどうしても社会復帰のような視点で考えてしまう。

だけど、向こうからするとそんな事情や視点は全くなく、どこまでいっても「仕事」で、きちんとやってくれるか?使える人間なのか?そういうものしか求められていない。当たり前すぎるくらい当然のことなんですけどね。

 

その空気や状況、本気の「仕事モード」とでもいいましょうか、それに次第に耐えられなくなってくる。自分の甘さと期待と、世間との認識のズレに絶望し、益々ひきこもりは加速する。「自分が安心してやっていける場所はない・・・!」と。

長らく世間や人間関係から離れ、自分を否定する家族という「狭い世間」の中だけで生きてきた。そもそもそういうったものに上手く適合できないからひきこもってきた。そんな人にとって、この現実は厳しすぎる。自分には無理な気しかしない。また学生気分の抜けていないダメ人間と定義される。そんな不安ばかりが募って、いつしか本当に何もできなくなる。

その間にも周りにいろいろ言われるでしょうから、期待と要求を突き付けてくる周りに苛立ち、何をするにも億劫で、言われて嫌々やっている自分の状況に情けないやら腹が立つやらと更に更に復帰は遠のいてゆく・・・。

 

この辺を考慮した職場があれば、仕事と社会復帰の中間のようなものがあれば、抵抗なく入っていけるかもしれないなぁと思う今日この頃。

選択肢は多い方が生きやすくなるはずだ。

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