一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

社会復帰の難しさ

復帰の難しさは、当事者と経済社会の認識の隔たりにあるのではないだろうか

自分は家族との中は険悪という程ではないけど、といって良いともいえない感じであると思っている。

今度の陶磁器の職業訓練の見学の話も「見学→通うことになる→業界に就職」というシナリオと期待が親、更には祖母からも言動から感じられて大変苦しい。

相手の気分を損ないたくはない。そのつもりはないと常々思っているけど、「本音」で語れば、不快にさせてしまうことは容易に想像がつく。であれば、嘘をつき続けるか、口をきくことやめるしかない。建設的ではないよね。

 

世のひきこもりと家族関係の本にあるように仮に改善できたとしたらどうなるだろう?それでどこに行って何をすればいいのだろうか?

個人的に思う、事の難しさは当事者からすると「社会参加、復帰、自立」という認識になる。即ち働くこと。どのみち働くくらいしか道は無い。

これが社会の側からすると「経済活動」になるわけじゃないですか。「働く」なんていうのは当たり前で、組織の一員となり、会社に利益を上げる役に立つ人材であることを求められると。

多くの人はそれを両立できるから問題無いけど、自分のようなひきこもってしまう人はそれができない人なのではないかと思う。

だから、もし家族関係や自分の内面のごちゃごちゃしたものに一旦区切りがついたとして、社会に出てやっていけるのか?受け入れてもらえるのか?使える人間になれるのか?非常に心配で、同時に疑問に思う。

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