一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

今年最後の絶望日記

職業訓練の見学の日が刻一刻と近づいてくる。(実は決心がつかず、まだ連絡すらしていのだが・・・)全く気が進まず、といって別の計画も無い。こののままでは親にネチネチ言われてしまう・・・と憂鬱で何をするにも気が重い。寧ろそういう時にこそ何か「やる事」があったほうがいい。気がまぎれるから。

年末の日記を書いたって誰も読まんでしょ・・・。そう思いつつも日記を書くくらいしか気力が無いので気分転換に書いてみよう。

 

仕事で残酷な「評価」の世界に晒される

何故働くこと「仕事」が嫌なのか。朝起きれない、長時間拘束されることが苦痛でしかたがない等、世間様から「たわけ!」と怒られるような理由がありますが、一番は「評価」を恐れているからかもしれない。

自分はどうも労働に対する適性が無いようで、どの仕事に就いても、反省して頑張ってみてもいつも怒られてばかりで評価は非常に低くなる。

多くの人も最初こそそんな感じなんだろうけど、これを克服して評価が上がっていくのだろう。自分はいつまでたってもそうできない。

「入って1、2週間の新人じゃないんだから!」「毎日何かしら怒られているよな!」とは必ず言われることである。

仕事さえなければ、さしあたり普通の人間なのに仕事に就くと使えんダメ人間と定義されてしまう。これは恐ろしい。

そんな経験ばかりが積み重なって、いつしかトラウマ・・・は言い過ぎかもしれませんが、根強い抵抗感に繋がっていると思う。人が怖いのも拗れた自己愛から来るのだろう。誰を見ても自分は劣っているのではないか?そんな気がしてならない。

 

そんなものだから、引きこもり用の仕事があってくれれば何とかできそうな気はするし、今度の職業訓練もそういった事情なら、進んで行くだろう。でもそんなわけないのである。

この前の障がい者の作業所の見学は当初は行く気満々だったし、そのまま応募する気さえあったのである。求人誌の写真の雰囲気や仕事の紹介を見て「これだったらひょっとして・・・?」みたいな感じがあったから。

だけど実際に見学して、スタッフに言われて絶望したのはやはり「仕事」なんだということだった。

仕事である以上、役に立つ、使える人間のみ価値がある。そうなれるのか全く自信が持てない。引きこもり期間も長くなってしまったし、周りから見下されるのではないかと更なる恐怖心が募る。

親は単に働けばそれで良し程度にしか考えてくれませんが、動き出せんて・・・。

仕事じゃない仕事ってないですかねぇ・・・。

こんな気持ちをどう変えればいいのかわからないし、こういうものが土台にあると、ちょっとしたことで心が折れるでしょう。自分で引き受けることを決意してできるとは思えないですから。

 

こういった胸の内を打ち明けられる人もいないし、いないとなると選択肢が、可能性が広がらない。

人間関係も自分を否定する親だけという・・・。一人でいることは平気ですが、こういう孤独は本当に心の毒だと思う。

自分は何もできない気がしてきて、来年は今更だけど絶望から始まるだろう。

 

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