一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

雑談の重要性

半年ぶりに友人を招いて遊んだ。小学校の同級生で、今となってはその人くらいしか誘える人間関係はない。遊んだ時に感じたのが「何気ない、それこそどうでもいい雑談の重要性」だ。

家族とは閉じた会話・・・と言うか追及にしかならず、非常に息苦しいし、自分の事情を知った人間なら「普通の人」としては接してくれないだろう。

その友人は事情を知らない(そんなみっともないことは、おいそれとは言えないしね)のだけど、そのおかげで「追及、ダメだし、アドバイス、説得」などの不毛な会話に発展せず、「普通の会話」が成立する。否定されないし、追及もされない会話。今の自分にとって、これがどれだけありがたいことか。

家族や事情を知る者との閉じた会話。それですっかり人間関係や会話に否定的になってしまったが、人間関係や会話には良い面も当然あるはずなんだ。

と同時に事情を知れば、その関係も危うくなってしまうのだろうか・・・。

 

問題としてではなく、「一人の人間、普通の人間」として接してもらえる、否定されない。そこから生まれる肯定感、前向きな気持ち。ひきこもりにまず必要なのは仕事よりも、そういう気軽に会える、話せる人間関係ではなかろうか。

仕事探しよりも難しいかもしれないけどね・・・。

 

 

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