一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

ひきこもり続ける悪影響

つくづくこの状態には対人や肉体的ストレスが少ないこと以外、良い事がないと感じる。

人間関係が無いに等しいので自己を客観視できず、考えが凝り固まる。家族からは否定される続けるので、意欲や自尊心は粉みじんになってしまう。或いは人間関係の渦中にあると、何か「実はこういう話があるんだけど・・・」と切っ掛けが得られるかもしれないのに、それもなくなってしまう。

であれば外に出て、すぐに働くのは無理でも人間関係の環に入らなければと多くの人が思うでしょう。(すぐに行動に移せる人は凄いと思います)そこで方々の支援機関を頼ることになると思うのだけど、行くと多くの人ががっかりするのではなかろうか・・・。

主に二つあって、就労支援ひきこもりのたまり場になるだろうか。二つセットになる所もあるでしょう。

前者はともかく、後者に行くと上手くいくのか?経験上残念ながら難しいのではないかと思う。特に友達作りとか、異性との出会いとかを期待して行くのなら、打ち砕かれると思って間違いない!

来る人全員ひきこもりですから、失礼ですが非常に辛気臭い。会話が弾まない。

何かしら対人関係に不安要素を抱える当事者が、その空気を打ち破っていけるとは到底思えない。来る人もほとんどが「受動的意志」でしょうから、そこで「自分が何をすべきか?」を見出すことも難しいでしょう。

更に当然たまり場ですから、何か展望が持てる様な切っ掛けが得られる可能性も厳しい・・・。

これでは「ただ、いる、だけ」になってしまって、モチベーションの維持や通うことそのことが難しくなるでしょう。交通費が掛かることもあるでしょうし。

数年前に通っている病院のコミュニケーション能力のトレーニンデイケアと少々変則的な集まりに参加したこともありましたが、苦手な人にとっては本当に受け付けないことだと思いました。当時の傷跡がこのブログにありますしね・・・。

 

就労支援は「働く意思を見せなければ放置」が基本ですから、そんな新卒みたいな気力があったら、ひきこもらないでしょ。

支援機関もピンキリで「ダメだし、説教、強要」に発展することもありましたし、こんなのに遭遇すると一層ひきこもり地獄を強化してしまうという・・・。

(本当、何でやる事成す事全部うまくいかないのか・・・)

この辺りは中高年ひきこもりという本の中で「マイルドなお節介を」と示唆されていますが、果たして。

上から目線ですが、支援する側は仕事ではなく、「支援」として考えてくれないと解決は難しいでしょう。

 

それにしても現代社会の社会との接点って、学校か職場が大部分を占めて、そこから転げ落ちると一気に閉塞していく感じがありますよね。

しばらくは人間関係が続くかもしれませんが、抜け出せないと会うことも難しくなるでしょう。「誰にでも起こりえる」とはそういうことなのでしょう。

ひきこもりの明日はどっちだ・・・。

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