一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

ひきこもりは気楽なのか

昨日、母と祖母と3人で食事に出かけた。弟夫妻の話になり、母が写真を祖母に見せ、自分にも見るよう迫り、自分は拒否する。ここまではいつも通りだった。

違ったのは直後に「何?見ると動揺するのか?」と聞かれたことだった。

正直かなり焦った。訓練を受けた人間でもなければ、核心を突かれて平然ではいられなだろう。

他人なら「それはそれ」と流せばいいけど、家族だとそうはいかない・・・。

 

それにしてもどうしてこういちいち他人を見ては劣等意識に苛まれるだろうか?どうしても自分が劣っている、誰にも肯定されない存在であるように思えてならない。

こんな状況下にあることと、これまで褒められたり評価されたことが殆ど無かった、い言い換えればそれだけの能力が無かったことが原因ではないかと思う。

克服したければ、自分なりに自信の持てる生き方を、他人からの肯定や承認を得なければならないでしょう。

そんなことできるのか。働くより難しいのではないだろうか。

 

「ひきこもりは気楽だ」今でもそういう認識が多いのかどうかは存じませんし、確かに仕事が引き起こすストレスは無い。

だけど、周りからは常に咎められるし、否定される。問題としてしか見てもらえない。社会との繋がり、人間関係は断絶しているし、友達がいたとしてもその関係は長くは続かないでしょう。満足に使えるお金は無いし、将来に対する不安が常に頭を悩ませる。

「働いていない」たったそれだけのことが、誰からも一人の人間として認めてくれなくなる。自信や自己肯定など、最早ボロボロである。こんな状況を楽しめる、満足できる、誰に会っても恥ずかしくない、誇れる、そんな人間が果たして存在するのだろうか。

ひきこもりは気楽・・・なりたいですか?なってみますか?

 

 

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