一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

相談することの難しさ

今日の体験、引いてはこれまでの経験を省みると自分の話し方に問題があるように思う。

実際、自分の悩みや問題が何で、どうしたいのか?を口で説明して相手に伝えるのはとても難しいと実感した。紙に書けばいいって?そうじゃないんだ。

「自分の悩みや問題はこれこれこうで、こうしたいです。こうすれば上手くいくかもしれません」なんていきなり語れるものだろうか?そんなことを話せるのだったら、そこまでわかっているのであれば、そもそも悩んでいない。然るべき場に行って、とっとと行動に移せばいいだけである。

自分でさえ、自分の事が「わからないから」悩んでいる。とにかく不安だけがあって動き出せないのである。

相手も一応聞いてはくれて「それは辛いね。頑張っているね」と声を掛けてくれるがそこで終わってしまう。

次第に「ひょっとして迷惑かな?返事に困るのだろうか?もし自分が聞く立場だったらどうか・・・」という気持ちになってきて、耐えられなくなる。一刻も早くこの居心地の悪い言語空間を終わらせたくなる。これでは相談どころではない・・・。

 

考えるに伴走してくれる人が必要なんだと思う。

解決ではなく、絡まった糸を少しづつほぐしてくれるような・・・。そこから先は自分の役目でしょう。

自分は相手にわかるように伝える努力。相手は聞く、付き合う、整理する努力。そのどちらが欠けても相談は成立しない。

そうでなければ、自分の問題を「気合で解決するのか」「対処可能な状態に落とし込むのか」「今の自分のままでもなんとかやっていける環境を探すのか」「何か変えられる点を探して変えてみるのか」選ぶことさえできない。それぐらい自分の主観、世界観は恐ろしく狭い・・・。

新たな悩みや苦痛を受けるリスクはあるけど、視野や世界観を広げるための他者が必要である。

そこまでわかっていながら、どうしてやることなすこと上手くいかないのだろうか・・・。

そういう経験が更なる不安と無力感を生む悪循環に陥ってしまう。

 

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