一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

問題という意識はあるのだろうか

まず自分はこのままいくと、8050問題に突入する立場です。それで本とかネットでこれを「社会問題」って言うんですよ。

で、思ったのが「いや、そう思っているのは君達だけだけやで」ということ。

あくまで自分の肌感覚なんですけど、少子化とか不況とか国際競争とかコロナと比べると、問題意識はずっと低いのではないかと思う。

言い方は悪いですが、当事者が最終的に貧困で亡くなっていくだけなので、上記と比べると「社会問題とするほど影響は薄い」と考えられてしまうのではなかろうか。

「いつまでも養っとる親が悪いでしょう・・・。俺たち一生懸命働いて、家族を養っているのに、いい歳して何やってんの・・・」これが未だに根強いと思うし、なんかこう・・・反論できないよね・・・。

ただでさえ問題だらけで余裕が無いのに、そんな人々にわざわざ支援したくなるか?というと「なる人はかなり少ない」これが現状でしょう。

本で読んだのがひきこもりは反社会的ではなく、「非」社会的なんですよ。良くも悪くも社会に影響を殆ど与えない。

当事者達が黙って死んでいくだけである。

黙って死んでいくぞぉ!なんかこう影響力がないんだよね。

 

ネットが発達していろんな当事者が発言でき、いろんな団体が出てきて少しは流れが変わる・・・変わりましたかね?世間の意識は全くではないにしろほぼ変わっていないと思う。内輪の問題なんですよ。どうでもいいことなんですよ。だって良くも悪くも「非社会的」だもん。「ひきこもり?甘えでしょ。親が甘やかしとるわ!自分には関係ないっス!」これが現実だ!

だけどね、君らの言う社会参加、社会との接点なんていうのは精々が、仕事と学校でしょう。怪我、病気、パワハラ、経済の悪化、天災、今回のコロナ等でいつ何時叩き落されるかわからない。

家族や友達がいるって?仕事が決まらなかったり、仕事ができる状態でなくてひきこもってみ?もう一発で崩壊するから。

失うのは一瞬で、取り戻して安定させるのは本当に難しいから。ある程度年齢が重なると、もう詰むんだも同然かもしれない。

 

我々は社会問題からも実質は置き去りにされ、いつまで経っても日の目を見ないそういう陰なる存在なのですよ。

最後の望みである「可哀そうな人達」という意識もほぼ持たれることはなく、黙って死んでいくぞぉ・・・!

故の知らぬ同士よ・・・お互い、頑張ろうぜ・・・(´・ω・`)

 

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