一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

何故「支援」に回されるのか

社会に上手く適合できずに悩んでいます。でも働かないわけにはいかない。そういって相談に行くわけだ。つまり困っているから手を貸してほしいと。

それなら「そういう人でもまあ、なんとか務まりそうな仕事を探しましょうか。ああ、これとかこれとかどうです?」っていうのを求めれるじゃない。一応仕事を探しに来ているわけだから。それでなんで「支援」に回されるんですかね・・・。

 

もう何度も書いてるのだけど、その支援というのも経験上、履歴書の添削、面接の練習、軽作業、コミュニケーションスキルトレーニングとかそういうものなんですよ。これって支援じゃなくて「準備」ですよね?

支援を頼って、相談して、「ああ、社会不適合者と心配していたけど、自分でも安心して働ける場はあるのか!排斥されないのか!じゃあ、準備が必要だね」とか「もう既に転職先や目指すべき方向性が決まって」という話ならわかる。

だけどもその仕事の方はどうなのかというと求人票は用意してやるし、相談くらいは乗ってやる。それかハローワークなどに行って手前で探せ。じゃないですか。我々は用意しないし、ましてや結びつけることはしない。目指す先が無いと・・・。

方々を頼って、いろいろ考えを巡らして自分なりに必死に訴えてきたつもりだけど、「うんうん、わかるよ」程度で済まされて結局何にもならなかった。

自分が一日来所すると支援事業所に国から1万円入る明細にサインしてくれと言われて、こっちは無収入で貯金を切り崩し、往復交通費1000円と時間をかけているというのに!と心底アホ臭くなって辞めてしまったことも記憶に新しい。

何故これが国から給付金を貰って支援として通っているのかずっと疑問である。通っている同士達は何も思わないのだろうか?

結局の所社会に挫折した人がそうすんなり働ける場所など無いに等しく、本気で支援しようと思うと人助けになって、割に合わないから本腰をいれないのではないか。そんな風に思えてしまう。

若者サポートステーションを利用することになるかもしれないけど、これまでの支援とやらと同じような対応だとしたら心底失望するだろう。というか、職の斡旋は無いと明言しているし、もううんざりですよ。

 

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