一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

ひきこもりの内と外

親と話すと自分のひきこもり問題が個人だけ、意欲の問題だとしか、外に話すと単なる就労問題としか思われていないようできつい。

確かにそういう部分もあるだろうけど、能力や受け入れ先のような環境面の方が、問題としてはずっと大きいのでは?と思う。気持だって整理を付けるのには、じっくり話を聞いて手を貸してくれる人とか、対等に付き合ってくれる第三者なくしては到底できないことだろう。

何とか意欲を出せて就労に向かえたとしても、その先はどうすればいいのか。競争社会を渡り歩ける有能な人、ひきこもり期間中に虎視眈々とスキル開発ができた人はいい。

だけど、そんな人が一体何人いるだろうか?自分の身でも毎日悩むか、無能感に

悶えるかで、競争社会で生き残るために武器を作る意欲にはなれそうもない。そうでなければ支援の流れになんとなく乗って、劣悪な環境で働かくかになってしまうのでは。

一緒くたに語るのはよくないけど、もうそういうことに向いてないからひきこもるのでは?と。社会復帰を考えるときに特につらいのが「今のあなたではダメだから、社会人としてやっていけるよう鍛え直しましょう」ということではないか。

社会に打ちのめされたのに、そこに戻るために鍛え直すのはとても気が重いし、自分を否定されているので二重につらい。

 

内と外を両方整えるくらいでないと、すぐに折れ、ひきこもり地獄を強化するだけなように思う。労働者というより、それに向いていない人に対する人道支援みたいな感じでないと上手くいかないから、支援がほとんど進まないのだろうか。

利益に貢献してくれる人は誰もが歓迎してくれるけど、「支援」は誰が腰を上げてくれるのか・・・。

 

仮に自分の周りの人全員が自分の本音を聞いてくれて、理解とまではいかなくても受け入れ、手を貸してくれたらどうなるのだろうか。とりあえず、役立たずとか無能とか、自分の気持ちは・・・と悩む必要はなくなるように思う。自分の認識と現実とはどうなっているのだろう。

 

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