一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

だるい、重い

昨日は天候、体調共に最悪だった。
数日前にも雨、雷が酷かったのだけど、昨日は輪をかけておかしかった。
間隔を置くことなく、ひっきりなしに閃光と轟音が鳴り響く。
後でニュースを見たら、大変な事になっていた。いや~凄かったね。あんな光景は初めて見た。

で、人生に悩み考えすぎたのか、体が重くて仕方がなかった。
頭も働かないし、だるくて一切の気力も無い。

家事とかやんなきゃなぁ・・・と考えはするんだけど、体が動かない。結局一日中横になっていた。

よくうつ病にかかると、体が重くなるなんて聞くけど、毎日こんな状態が続くとしたら、生死に係わりますよ!
生きる気力を失っていくような・・・。
うつは甘えだ!なんて今でも言うのかはわかりませんが、これより酷いとなるとバカにしている場合ではないです。

なんかもう、人生を軌道に乗せても自然災害でパァになるんじゃないか・・・。

気が重い

本日また職業相談に行ってきまして「A型就労支援」のリストを貰ってきました。

やっぱり都心に集中するようで近所には一件も無かったが仕方がない。

PDD・ADDグループの中級も、知らずに「出ない」と決断するのは尚早かなと、さしあたり初回を出てみてそれから続けるかどうかを考える事にした。

 

A型就労支援の詳細がよくわからず、リストを見ても軽作業?的なことしか書いておらず、詳しいことは見学に行けとのこと。

もし、経験されたことがあるかたがいらっしゃいましたら、雰囲気だけでも教えて頂けると助かります。

 

まあ、長時間拘束されることが耐えがたいわけだし、これならADDの配慮もある程度(どの程度?)あるとのことで、こっから始めてみようかと考えているわけですが、最低賃金の現実は重い・・・。

それにいずれは一般で就労しなければならないわけでしょう。

その時どうなるんだろうか・・・。

 

一体どういう生き方をすれば、自分の人生が上手く回っていくのか本当にわからなくて苦しい。気が重くて仕方がない。

皆と一緒が出来ないだけで、何か別の方面で活かせる発想や能力があったりしないだろうかと「夢を描いて、高い空を見て、届く気がして、悲しくなる」

周りを見ていても、内心はわからないけれど「そういう悩み方」をしている人はいなさそうに見える。

仕事なんかで辛い事、嫌な事も当然あるだろうけれど、苦痛であるだとか、もう続けるのは無理だ。というところまではいっていないようである。

親に言われたよ「何をそういつもいつも悩み、考えているのか」と。

 

弟夫妻の近状の写真を見る?とかいわれ半ば強引に見せられたがつれぇわ・・・。

そこには幸せそうな笑みを浮かべる親子3人の姿が。

自分からしてみれば彼らは、なんだろう異次元の世界の住人みたいな感じなんだね。

11月に遊びに来るとか申しているわけですが、会いたくねぇ・・・。

一緒に食事でも行って、つもる話でもみたいな展開にきっとなるだろうし、外食自体苦手だし、耐えられないであろう。

君たちは君たちでもう十分幸せなのが、顔を見りゃわかりますから自分のことは放っておいてください。

伝えにくい真意

父の実家から送られてきた手作りの餅が、今も冷凍庫に残っているんだ。コレが毎年来る。自分としては餅は好ましいものではないし、冷凍庫を圧迫するのだ。

母にぼやいたら「余計な事を言わんでいい」と怒られてしまった。

そういう人たちは善意や無償の愛だと思ってやっているんじゃないだろうか。

しかしその実、無償ではないんじゃないかと邪推する・・・。

善意でやっているのを要らないと言われると、人格が否定されるような感じってないだろうか?

要らないと言われることで「善意を否定された」つまり「嫌われている」に変換される。

本当に善意や無償であるならば、いらないと言われたって「あ、そう」くらいにしか感じないでしょう。

自覚があるのかどうかわからないけれど、実際には感謝されることを期待しているのではないか。

「善意なのだから受け取れ!」

だからそういう人に「必要無いものは要らない」という意味を伝えるのが凄く難しい。

折ってからが本番だ

飛行機模型を作ったことがある人なら一度は経験するであろうピトー管の破損。

動かした拍子に、掃除の拍子にと常に危機に晒されています。

更に厄介なのが、折った上に紛失してしまった時でしょう。

またやってしまった。作るのはこれで2回目である。

パーツ注文すると何だかんだで1000円近く掛かる。より精密な社外製の真鍮ピトー管もあるが、あれも一つ600~800円くらいするし、該当する製品があるかどうか怪しい・・・。

そういう時は真鍮線で適当に作ってしまいましょう。

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形状に拘りがなければこんな感じでいいんじゃない?1mmの針金を綺麗に削っていくのは思いのほか難しい。

プラで作ればやりやすいかもしれないが、どうせまた破損させるだろうし、その点真鍮なら折れる事はないだろう。

 

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完成。接着せずに差し込んでおけば、収納の時にも折れるリスクを回避できます。

拗れる関係

先日ニート、引きこもりの問題をどう感じるのかと親に聞いてみた。

すると「とにかく自立してほしい。親が死んだらどうするのか?特にあんたのような『軽度の』発達障害だと理解されにくく、支援もうけられないであろう。こっちだっていろいろ不安だ」と。

言われなくたってわかっている。わかっているし外に居場所もないから皆拗れていくのだろう。

これがその人個人の問題、つまる所「気の持ちよう」だけの話であれば解決も早いんだと思う。

自分が考えているより「働く」ってずっと簡単な事で、やってみたらなんだこれだけのことかと。そう感じられるのなら・・・。

だけど実際どうかって言うと、一度社会に出れば個人の意見なんて殆ど通らない世界だった。

残業や休日出勤や飲み会は出ろと言われればでなきゃいけないし、反りの合わない人だっているでしょう。仕事が合わなかったとしても続けなければいけない。

最近思うのは感じ方って結構人によって違うんだろうかということだ。

出来る出来ないは勿論、同じ事でもストレスを50感じる人もいれば、90感じる人もいるという。

理屈ではわかるけど実感としてはイマイチわからない。

身近な所だと自分は外食が苦手で、昼食夕食時の騒がしさが店を抜け出したくなるくらい苦痛である。

ところが親や兄弟、友達に聞いてみても誰一人「苦痛」とまではいっていないようだ。

 

ともかく道はいろんな所に開けてはいるけれど、どうなるかは誰にもわからない。

何が出来るのか、どうすれば上手く自立できるのかわからないし、誰も教えてはくれないけれど、選択しなきゃいけないし、失敗すれば「甘えだ、自己責任」空白期間が開けば復帰も一層難しくなる。つれぇわ・・・。

来週の月曜がある種の分岐点にはなると思うんだけど、どうなることやら。

 

何にせよ、ニートや引きこもりの人に変わってほしかったら、それ相応の関わり方っていうのがあると思う。

まあ、「傷ついているんだから気を遣えよ」というわけじゃあないんだけど、例えば宿題や勉強をやらない子供に「やれ!」と迫ったってやらないでしょう?

よしんばやったって、嫌々やっているわけだから成果もでないでしょう。

昔の亭主関白みたく「誰のおかげで生きていけているんだ!いいから働け!」と高圧的な態度で命令したって心を開いてはくれないだろうし、動くに動けない状況を更に圧迫し、拗れに拗れて刺すか刺されるかの関係に発展するだけのような気がする。

 

ああ!働いて、働きだして良かったと思える社会になってくれればいいよね。