一人舞台

ダメ人間より生まれるたわいの無い趣味と思考の数々

サーキットは好かん

最低難易度のオープンすら満足にクリアできず、やっとクラブマンに昇格したと思ったら負けが続き、オープンに降格され、そんなことを繰り返すうちにすっかり興が削がれてしまったので、放置していたのだが、何度目かの挑戦。

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隣のモンスターエナジーカップ?に挑戦できるのは更に昇格して「プロフェッショナル」にならなければならない。未だに解放できず、キングスフィールドでいう所の「その資格はない」である。

 

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チョロQみたいな車がひしめき合い、見た目は可愛らしいですが、戦いは激戦そのもの!

 

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時にはぶつけ、ぶつけられ・・・。

 

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コーナーの「イン」を取るために最適なライン、ギリギリのスピードを見極めるのだ!

インです!超インゲーです!ほんのわずかな差が、後々決して小さくない差となってあらわれるのである。

やり過ぎてペナルティだ!と怒られるも、「ドべだからいいじゃないか!!」とでも言いたくなりますよ。

少しでも遅れようものなら、CPUはほとんどミスをしないので挽回は極めて難しい。いつも思うのですが厳しい!あまりに厳しすぎる!

 

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なんでしょうね、ある程度整えられているサーキットの方が走りやすとは思うのですが、自分はスペシャルステージの方が、上手くいくことの方が多いですし、事実ラリーモードはいつの間にかマスタークラスまで進んでいるのである。

サーキットは好かんなぁ・・・。

 

そしていつの間にか2.0が出ておりました。

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どうしてわからないのか、わからない

中学時代の忌まわしき学力を払拭するために、とりあえず英語と漢字を勉強を続け、1年近く経っただろうか。

未だに不注意ミスが減ってくれる気配がない。どれもこれも問題文をよく見て考えれば、間違えることを防げることばかりなのである。

忘れるからよく注意するように!と自分に言い聞かせても、三単現と複数形のsの付け忘れ、名詞が複数形なのでsomeやanyが必要な時に付け忘れる、過去形であることを見落とす、冠詞の付け忘れ、目的格や所有格の間違い、昨日やったことから応用できるはずなのに忘れて頭から出ない、などなど・・・。本当に嫌気がさしてくる、何故自分はできないのか!

「私があなたに駅へ行く道を教えましょう」これを英語にしろと言う問題があって、

「I'll tell you  the station to way」と書いてしまった。

前置詞の意味を理解していれば、こうはならなかったでしょう。

Google翻訳だと問題文と同じ意味になったけど、これだと「駅を教える道へ」みたいな意味不明な文になるかい?

答えを見ると使う単語は合っていたものの、語順がおかしい。それにしたって、答えを見て考えれば「なるほど」とわかるのに、問題として出されると何故途端におかしなことを書いたり、わからなくなるのか!?

お前は今まで何を学んできたんだ!?と自分の頭を引っぱたきたくなって自己嫌悪に陥る。

本当にね、たぶん頭の中にある筈なのに出てこないんですよ。

やはり言語は「感覚」。学び方が間違っているのだろうか?

 

ADHDだかADDだか、自分が思っているより「不注意」の根は深いのかもしれない。

最後に難関

思い付きでギターの練習を始めてからどれくらいが経っただろうか。

2~3カ月くらい?でも、一日1時間~多くても2時間程度しか練習してないので、実際にはずっと少ないだろう。

最初はチューニングからして、針が真ん中になるように合わせているのに音が違う・・・とか、なんか指の位置が合わないなぁ・・・そうか右利き用か!?とか、そんなレベルだった。

 

そこから「これ弾けたらかっこいいなぁ」と練習曲を見つけて、あ~、う~・・・と悶絶しながらコツコツ積み重ねていって、だいぶ弾けるようになった。曲として成立しているのかはともかく・・・。

残すところ後4小節暗記できれば、もう楽譜は必要ないところまできた。

が、この辺りが難関で、苦手なコードチェンジやら、上手く音が出ないハンマリングとバレーが多く出てくる。もう手首が痛いです。

 

このバレーとハンマリングは一体何をしたら、綺麗な音が出るのか、動画を見ても全くの謎である。これができるようになれば、かなり前進するのだが・・・。

そして最大の難関はリズムだと思う。これら全てを整え、曲として仕上げられるのには年単位で時間が掛かりそうな気がしてくる。40秒程の曲なのになぁ。

なるべく働きたくない人のためのお金の話 書評

困ったことに寝付けないし、最近怠さから本を読んで過ごすことが多いので、また紹介でも・・・。

 

なるべく働きたくない人のためのお金の話

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20代で隠居という本で話題になって、その後も年収90万で東京ハッピーライフと、少ないお金で幸せに生きることをテーマに書いてらして、この本はそれらのまとめ的な本になっているように感じました。

 

単にいかに少ないお金で暮らすか・・・ではなく、自分にとって何が一番重要なのかを考え、日々の生活で最低限必要な物を紡ぎ出していく。そこから最低これだけのお金があれば食うに困らないというところを目指していこうという話。

著者も最初から「隠居しよう!」と目指していたわけではなく、東京に住んでいた時に「何故日々こんなに一生懸命働いて、つらい思いをして、そのくせ家賃や税金で殆ど有り金が消え、こんなにも余裕がないのか・・・こんな生活は続けられない!」と思ったことが発端だと語っています。

 

後はお金を擬人化して考えてみるくだりは、斬新でありつつも「変わった人だなぁ・・・」という印象を受けました。

感謝したり、謝ったり、自分がお金だったらどういう風に使われたいのか?という感じで、こうすると次第に大切に扱うようになっていくのだとか。

 

それよりも、自分が一番気になったのは「自分の感覚を大事にするって、案外凄く難しいことなのではないか?」ということでした。

この方に限らず、いろんなところで同じようなことが語られていますよね。それ自体には異論はありませんが・・・

周りが高学歴で、高収入で、友達がいて、沢山の人脈があって、尊敬されていて、いろんな人が認める特技や表現ができて、結婚して、家族がいて、マイホームもあって、それらが「幸せの形、目指すべき事、人間としての優れた形」という価値観の中にあったらどうだろう。自分の価値観が揺るがないだろうか?動揺しないだろうか?

ついこの前まで、自分と似たような能力、境遇だった人が、ある時なんらかの形で評価されたり、何かのきっかけを掴んでいい方向に風向きが変わり始めたら、焦らないだろうか?

「何故自分にはそういう能力が無いのか。切っ掛けが無いのか。気持ちが切り替わらないのだろうか。ずっと恐れて、不安に駆られてばかりなのだろうか」

自分が人と関わるのが嫌な理由の一つには、そういう部分があるのだと思う。

卑しい感情だとは思うのだけど、以前まで応援?していたブロガ―の人もこういう理由から見るのをやめてしまったことがある。

自分もそうなるのだろうか?そんな切っ掛けなど来ず、死ぬまで彷徨うのだろうか。

 

自分の価値観を認めるのにも他者の承認が必要に思えてならない。

自分はこれで良いと思っていても、会う人全員から否定されたら、誰からも相手にされなかったら正気を保てるだろうか?

そうでないから、なんだかんだ言って、認めてくれる人がわずかながら存在するからこそ、認めることができるのではないだろうか?

他者からの承認など必要とせず、自分で自分を肯定できる程、人間は強くない気がするのだが・・・。

 

 

理由が欲しい

ここ最近連日の雨なせいか、気力が上がらず、ずっと怠い日が続いている。

雨と曇りの日が長すぎるでしょう・・・去年もこうだったかな。

そこで思うのは、この怠さにも理由が欲しいということ。

理由があれば、その原因を取り除けば元に戻るから安心できるだろうし、一方で「こういう理由があるから、怠くてやる気が起きないのも仕方がない」と免罪符にもなりえるだろうからだ。

何の理由もなく、ただ何となく怠くてやる気が起きないのは居心地が悪いし、世の中はそんなものを許してはくれないのだ。