一人舞台

生きづらさに悩む、ダメ人間の「日記」

生き辛さに悩むダメ人間の「日記」

行き詰った時

何か大きな問題にぶち当たって、悩んで、相談できる人や場所も無く、もう自分ではどうしようもない!どうしていいのかわからない!と八方塞がりになる。

でも世界のどこかに解決方法があるのかもしれない。或いはそこまで導いてくれるきっかけを作ってくれる人がいるのかもしれない。

だけど、そんな巡り合わせが来るのは、ほんの一握りだけなんだろうなぁ。

自分だけの価値観がある

世間の価値体系に因習に併合したくない!自分だけの価値観があるんだ!

でもね、世間の価値体系にどっぷり浸かって生きてきた以上、それからは逃れられんのですわ。無意識の内に、体の隅々にまで根を張っているのだ。

自分で自分に「価値がある」と付与することなどできんのですよ。人に認めてもらえるからこそ価値が出る。

固い信念も、会う人全員から「異常!」と言われたら正気でいられるだろうか?

 

そして大抵「自分だけの価値観」を理解してくれる人は、そんなに多くないのである。

自転車の出張買取編

自転車2台

GIANTのWARPとGIOSのSTILOの2台を買い取りに出しまして結果。

 

15000円!

 

マジかぁ・・・もうちょっといってくれるかと思っていたのだが。現実は厳しい。素人の見積もりっていう感じではなさそうでしたが、こんなもんですかね・・・。

WARPに至っては11年近く前のモデルで本来なら買取不可だが、非常に状態が良いので5000円出すとのこと。

確か初任給で買った記念すべき自転車だったはず。部屋で管理していて綺麗に使っていたもんなぁ。自転車屋でバイトをしていた時にも店長に同じことを言われた。

3万いったらミニ四駆のコースを買いなおそうと思ったけど、諦めねばならない。

返事がない

もう息苦しい・・・。会う人と言えば母か祖母で、話と言えば「この先どうするんだ!いつまでそうしているんだ!」

たまには家族以外の人間と、仕事や将来の事抜きに話がしたい。そういう枠から離れた自分を見て欲しい・・・。

そう思って友人(という表現が適切なのかは疑問があるが・・・)に「久しぶりに会わないか?」と連絡を入れた。

小学校以来の付き合いで、会ってくれるような人は彼くらいしかいない。

 

で、結果はというと2日経っても返事がない・・・。

これが孤独ですよ。会う人全てに否定され、それ以外の人に会おうと思っても会えない。

とはいえ、内心会うことが不安でもあったので(本当に何をするにも不安から始まる・・・)無ければ無いで、まあいいかと。

 

それにしても差別される人の気持ちが多少なりともわかろうというものですよ。

何しろその人自身ではなく、その「属性」だけで判断され、それによって何しろ悪い奴、嫌な奴に分類されるのですから。

 

少し話は変わりますが、さっき行ったコンビニの店員がまた知らない人に変わっていた。

配置転換が激しいのか、辞めていく人が多いのか、その辺の事情はわかりませんが、とにかく「若い人」がよく変わる。おばちゃんは何年も変わらないのだ。

そして自分とそう歳の変わらなさそうな「彼」この先どうなるのか。

消えた「あの彼達」はその後どうなったのか。

「若さという資産」をコンビニの店員に費やしてしまっているのである。

あの感じだと、辞めても行き着く先は同じような非正規雇用、正社員であっても残業地獄の小さな工場とかそういうところしかないのではないだろうか。

人の価値というか身分というか、就いている仕事と稼いだ金の額によって決まるのではないか。

自分でさえ、そういうことを考えてしまうのです。

これ見て悟れ!

親からメールがきた「〇〇の正社員募集」というURLだけが書かれたメールである。もはや文すら無い。

所謂「これ見て悟れ!」ということだけど、何回経験しても慣れることがない。見る度に動揺する。冷や汗が出る気持ちである。

思うにこういったことには自分が「働いているのか、いないのか」の一点にしか問題が無いかのようで、その深層に潜む、過去の体験から来る根強い抵抗感が全く考慮されていないんですね。

履歴書を書いたり面接を受ける、そして否定される「あの地獄」が考慮されていない。仮に今面接を受けに行ったとしても、まともに受け応え出来るのか全く自信がない。

更に入るのも大変だけど、それを続けていく大変さも考慮されていない。

なんかもう、適当に受ければその内何とかなるだろうとでも言いたげなんですね。(まあ、そういう強い人はいいんですが)

 

自分の身としても、何年も引きこもるような人は「行き着くべくして、行き着いた」と思うわけですよ。もうそういう素性なんだと。一般社会の「普通」は「普通の事が普通にできる人」が作り上げた社会なので、そこからこぼれ落ちる人が当然出てくる。こぼれ落ちた人の社会は現状無いのである。

世の当事者に何があったのかは存じませんが、一般社会に敗れ去り、自分が変わったわけでもなく、何の対策も無く、(内面的な意味で)支えてくれる人も無く、行くべき場所は「その一般社会」ですから、ただ「やれ!」なんて言ったって無理なんですよ。出来もしないことをやるから、引きこもり地獄を悪化させるのではないだろうか。

解決は無理にしても、本人にとって内面の問題は「親が死んだらどうするか?問題」と同等くらいの問題だと思うので、そこを相談したい、聞いて欲しい、ほぐしたいじゃないですか。

だけど、会う人全てに否定されるわけですよ。「支援機関なら!相談所なら!」という気持ちで門を叩き、結局「就労の話」しか出てこないところで絶望ここに極まり!肯定してくれる人は本当に一人もいないのではないだろうか。いたとしてもきっと気を使ってますよ。四面楚歌である。

体験した限り、世の引きこもり支援、就労支援も全くこの部分を欠いてるように思える。

 

よって、この問題を置き去りにしたまま、「なんとなく、とりあえず、このままではいけない」で仕事に就くわけですが、ほんの一握りの強運者を除き、すぐに辞めるのではないでしょうか。

そして、ほんの一握りの強運者が発言する権利を与えられ、それが普遍的な話になるのではないでしょうか。

上手くいった者は、そうでない者に対し、負い目を持つべきだ。