一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

自分の為の就職活動がしたい

実家暮らしだと親の小言や意見が多くなる。それらは心理的、経済的な焦りや不安からくるのだと思う。

今現在は障がい者就業・生活支援センターを利用して社会復帰を目指したいと考えているのだけど、その時に上記のことが事態を難しくさせる。

「長時間働くことが難しかったら、短時間から働けば?」という親の意見に対して、去年週三日の軽作業の仕事に面接に行き、報告したら「週三日ねぇ・・・それって続けたら正社員にしてもらえるの?」と。

 

何年か前に正にこの対策としてケースワーカーから提案された「生活保護をとって、親のことと経済的な問題を解決して、自分のペースで活動されてはどうか?」という話に対して「生活保護ねぇ、まあいいんじゃない。でも一人で孤独になるし、生活保護の人なんて会社は雇わないでしょ。どうせ毎日働けって催促されるんじゃない」と。

 

この否定されているのか肯定されているのか、一貫しない親の言動に振り回されてしまう。親の言い分もわからなくはないし、経済的な事情もある。何より扶養されている立場の弱さというか負い目が・・・。

誰よりも問題解決を切望しながら、何をするにも一々小言を言われる。敵なのか味方なのか。それもこれも実家で親と生活しているからこんな目に合うのだ。仮に一人暮らしであったら、何を気にすることがあるだろうか?

主治医、デイケア、なかぽつのスタッフ、皆事情を話したら味方になってくれる人々である。であればこの人たちの力を借りて、一歩一歩自立を目指していけばいいのだけど、親と経済事情が全てを腐らせてしまう・・・。

なかぽつの代表は「親とはそういうものだし、君の人生は君のもの。一旦親のことは置いて、君自身のことを考えよ」といってくれた。もちろんそうしたい。だけどもこの環境がそれを許してはくれないのだ。心理的な影響は思いのほか強い。

一人暮らしができれば全て丸く収まる。だがその為には安定した経済事情、即ち継続可能な就労が必要なのである。その為には・・・。

なんというジレンマだ。

 

もし身内にひきこもりがいるのなら、ほんの些細な話でも耳を傾け、理解に努め、関係者全員で肯定し、応援してみてほしい。歩みは遅くとも、きっと動き出すと思う。

何に悩んでいるのか?

結論から言うと、社会復帰に対する不安や恐怖心と孤独である。

 

前者に関しては3度の就労に失敗し、自分のポンコツっぷりや怒られ続ける毎日、苦しい長時間などが挙げられ、社会復帰とは即ちこの苦しい世界にまた向かわなければならないことである。

子供のころからできない自分、ダメな自分、弱い自分しか知らないし、人間関係作りも不器用だったから、何事においても自信が持てず、将来を考えては悲観的な考えしか出てこない。人に話しては否定されることも多く、更には内なる自分の声にも苦しめられる。

発達障害グレーというか、見た目は普通に見えてしまうのか、最初は理解あるような感じでも2回、3回と重なるうちに「これから社会に出るのに、そんな考えでは困る!」というような感じになって、相談できなくなってしまう。

何度も空白の期間を作ってしまった。今も最後に仕事を辞めてから5年くらい経つと思う。年だけとった、内面の幼い子供おじさんが成熟した社会に入るというのだから、そりゃあ怖いよね。恐ろしいですわ。

 

 

後者に関してはひきこもっているのだから当然と言えば当然だ。

就労支援に通っていた時に何人かの利用者に声を掛けてはいたけど、挨拶以外には訊いたことに対して答えてもらうような事務的な会話が限界であった。

一人で抱え込むしかない苦しみ。つらいことをつらいと言うと、暗に甘えるな、皆そうだからと言われる苦しみ。

一人でいることを楽しめない。例えばゲームやプラモデルや絵でここが上手くいった、いかなかったとか、あるいは失敗した話とか恥をかいた話とか、それを共有できる人、面白がってくれる人がおらず、全部自分の一人の中で完結してしまう虚しさ。

学生時代には確かにそういう関係が少なからずあったのだが、今となっては趣味は楽しんでやることではなく、時間を潰したい、気を紛らわせたいからやるという感じで、楽しめていない。

 

そして最近特に思うのが、今までは自分の話を聴いてもらうことばかり考えていたけど、「その人の物語を聞かせてくれる人」もいないことが孤独感を強くしているように思う。話しかけてくれる人がいない。相手の話を、その人がどういう人なのか聞いてみたいんだよね。それが人間関係でしょ。

人と人とのやりとりがないと、自分がどういう人間かもわからず、認知は歪む一方になってしまう。

 

何にもないと「こうなります」

兄弟それぞれ、最近まで落ちこぼれすれすれではあったのだけど、弟には「やればできる!という潜在性」と「それを信じて伴走してくれた伴侶(今の奥さん)」がいて、妹には「強い行動力」と「それに合致した仕事」と「認めてくれた人たち」がいた。

一方自分は、何にもないと「こうなります」という事例になった感がある。

心配されないひきこもり

家族から「お前のことを心配しているんだ」とは、多くの当事者が言われることではないかと想像する。でもここでの心配って、「将来の心配」じゃない。

一人で生きていけるのか?後どれくらいこんな状態が続くのか?いつまで世話をし続ければいいのか?親目線で考えればもっともなことだと思う。

他方常々不思議なのが、何故心配していると言いつつ、視点が「今」に向かわないのか。

今後を考えるうえで、今当人が何を考え、何に悩み、働きだせないのは何故なのか?それって重要じゃない。記憶にある限り一度として取り合ってもらえた経験はないし、耐えかねて漏らしたこともあるけど、売り言葉に買い言葉になって話したことを激しく後悔するだけだった。

親の気持ちを否定するのはご法度みたいな空気があるし、誰も賛同してはくれないけど、やっぱり心配よりは不安なんだと思う。

本音を言い出せない。理解可能かどうかは置いといて、いったん受け入れてもらうことさえできないと、相手の顔色ばかりを窺って、その場を取り繕うことばかりをして、終いには「やっぱり無理です」と断って顰蹙を買うことになりかねない。

ひきこもりの脱出の難しさの一部分は間違いなく家族関係にあると想像する。

何故いつも自分は下で悪者なのか・・・。

思えば子供のころから否定されるか、馬鹿にされるか、できない自分に失望するか、いつもどうするんだ!どうするんだ!と選択を迫られていた30年だったような。

 

実家暮らしなんかしているから、こんな目に合うわけだ。

しかし、安定した自立をするためには、経済的に安定する必要がある。

それこそ挫折してきたことだし、生きるコストが高すぎる・・・。

 

移動するだけでお金が貰える

syamuさんが「移動するだけでお金が貰えるアプリがある」と語っていたので、早速インストールしてみた。

 

興味がある人は「トリマ」で検索してみよう。

 

昨日インストールしたばかりで詳しくはないのだけど、移動すると距離と歩数に応じてそれぞれマイルというポイントが付与される。それを現金や各企業のポイントに変換できるという仕組み。

歩数だと1000歩ごとに15マイル。一日10回、つまりは10000歩分を交換できる。一日に交換できるマイルには制限がある。

 

 

 

 

「移動距離」このアプリでいう「タンク」だと10km移動すると満タンになり、交換可能になる。これも1本15マイル。

初期状態で3本あって、一本10000マイルで追加購入可、最大10本まで増やせる。

交換するときには鬱陶しい広告動画に我慢できれば、画像の通り4倍のマイルで交換できる。

 

で結局いくら稼げるのか?

自分の場合だと毎日1万1000~2000程度歩く。一日辺り700マイル程度。これを30日続けたとしたら、20000マイル弱か。

例えばAmazonギフト券300円への交換が30000マイルなので、そういうことです。

アイテムや広告利用で徹底的に効率化すれば、もう少し稼げるかも。

よって、これで稼ごうなどと考えると心底アホ臭くなるので、いつもの移動に雀の涙程度のお金が入るようになると考えるのだ!今日、誰でも外に出るときにはスマホは手放せないでしょ?移動のデータをあげて、わずかばかりのお礼をもらう感覚だ。

自分のようにそもそも歩くことが好きな人と相性が良いといえるだろう。

 

ただここのところ不景気?で渋くなっているようです。昔利用していたお財布.comというサイトのことを思い出す・・・。

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