一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりの「日記」

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

見ただけで嫌過ぎる

早く決心がつけば、今週くらいにはウェルビーかリタリコワークスのどちらかに行ってみようかと考えている。果たして行けるのか。

HPを見ると、面接の練習、履歴書の書き方のアドバイス、職業体験、ディスカッション訓練等々。

こう書いてみても嫌過ぎる・・・。過去のいろんな苦い経験が呼び起こされる。冷や汗が出るような感覚だ。

「実績があります!」と大層な事を豪語しているが、こういう人間でも道はあるんだろうか?それとも結局「普通」に順応できた人間だけが先へ進んで行くのだろうか。或いは「普通」になる為の調教を受けるみたいなものかい?それすらこぼれ落ちてしまった人は?

奴さんがそれでも親身になって相談に乗ってくれ、「なんとか苦痛なく働ける仕事」を探すことに手を貸してくれればいいけど、何だかんだ言いつつも普通に誘導されるだけな気がする。少なくとも今まではそうだった。

 

職業体験は当然無給であるし、ディスカッションは以前病院でも似たような事をやってきたが、ただただ苦痛で「人は長時間ストレスに晒されるとどうなるのか?」という人体実験みたいになってしまった。

終えてから感情の高ぶりが続き、ブログでありったけを書き散らし、収まったのが実に2日たった後である。その間同じことが頭の中でずっと回り続け、他のことが手につき難くなってしまう。

苦い思い出ばかりが降り積もり、良かった、為になった経験は何一つ無い。

まるで学校ではないか・・・。

 

それらは至って「普通」で「当たり前の事」なのかもしれないが、自分はもうそれに順応することが苦痛過ぎて無理なのです。

一方「普通」の人が苦痛に感じるであろう、会社まで往復2時間歩くとか、電車を途中下車して1時間歩くとかいうようなことであれば、平然とやってのける部分もある。

前職でも訝し気な目で見られてしまった。が、それがなんだ。

 

大体、その苦痛を押し殺したり、乗り越えたりした自分を一体誰が評価してくれるんだろうか?

「ようやく」皆と足並み揃えることができただけじゃないか。

その間にも苦痛に感じない、乃至とりあえずこなせる人は、自分とは比べ物にならないスピードで先へ進んで行くんだろう。

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