一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

30過ぎてから死ぬことを考えるようなった

「30過ぎてから死ぬことを考えるようなった」

死にたいって意味ではなくて、誤魔化しが効かなくなったというような。奇しくも同じこと書いている人を偶然見かけて、本当にそうだよなぁと共感した。

思えば20代の頃は万能感があったように思う。いや、今と変わらず無能ではあったのだけど、何となく「若い」っていうので持っていた。それが30を過ぎてみると通用しなくなってきた。これからどんどん歳を取って、出来たことが出来なくなり、思考力も落ち、病気がちになって死んでいく。どう考えたって不幸なことでしょう。

多くの人は学校が、仕事が、子育てが、友達付き合いが、趣味が、身近な問題がと、「高々数十年で死んでしまって二度と生き返らない」なんて考えないのではないか。

それが、自分のような孤独で暇人だと誤魔化せなくなる。早い人だと小学生から考えるらしいのだから人類普遍のテーマだよなぁと思う。

ある人は「人生は暇つぶしだ」と答えていたけど、自分は「誤魔化し」だと思う。「目隠し」でもいいだろう。

今度の件で奇跡的に仕事に就くことができ、問題が起きなかったら、ありがたいことだけど虚しくなるだろう。これまでは経済的なこと、親から叱責、世間体、将来の事・・・などなどで頭がいっぱいだった。それが無くなったら?そしたら二次的、三次的なことばかりで死ぬこと以外に大事はないのではないか?自分も人生を半分だけ降りた生き方が理想的かもしれない。

 

人生に生きる意味はなく、「すべきこと」も無い。

あなたでなくてもいい。代わりはいくらでもいる。事が仕事的なことであればそうだろう。

だけどあるのではないか?一人一人に与えられて、誰にも奪えない、正にその人にしかできない、すべきことが。

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