一人舞台

生きづらさに悩む、ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩むひきこもりの「日記」

本音と支援

本音を語れる場所はここか、県のひきこもりメール相談しかない。本音を語る、吐き出すことは、認められたいからか、正直な気持ちを打ち明けて楽になりたいからか、ともかくとても重要だと思っている。メール相談は必ず誰か見てくれる、受け止めてくれるという安心感があるけど、ここはどうか…。

他方、最近自分の弱さを見せるのが耐え難くなりつつもある。

 

今日は久しぶりのサポステの面談に行ってきた。

以前自分に回避性パーソナリティの傾向が強くあるので…と話したら、じゃあ面談をという形だ。

だけどいざ始まると、職業訓練はどうするのか?応募した?じゃあ、以前見学に行った米工場はキャンセルでいいか?との質問責め。

職業訓練の入試に落ちることもあるから、米工場は保留にしようか?と言われ、こんな心理的状態で責任が発生することは、引き受けるべきではないので断ったら、「じゃあ、落ちたらどうするつもりなのか!?」と追求は続く。

答えに窮して「今の心理的状態では無理です」と打ち明けたけど、なんて答えればよかったのか。

 

更には試験には計算があって、「計算が苦手と言っていたね?じゃあ、今から予習するか!」なんて始められて、案の定できなくて「なんでこう丁寧に説明しているのに理解できないんだ…!」みたいな空気になってとてもつらかった。

苦手意識の理由のひとつに学校や塾での体験があるのかもしれない。

できない、理解できない自分と、苛立つ教師というね。

親は「まあ、でも親切でしょ」なんて言うし、自分が頼んだ上でなら、同じように思っただろう。でも違うし、結果は「自分はこれだけバカです」というのを証明して、相手は呆れただけでしょう。それを親切心として肯定せよ!なんていうのはあまりにつらいことではないだろうか。

 

終いには「結果が出るのはいつか!?試験が2日だから、9日に予約を入れておけばわかるな!」と、何も言っていないのにどんどん勝手に進められてしまった…。あれ?当初の目的は…。もうほとほと嫌気がさして手を切りたくなってきたが、その後はどうすれば…。

 

職業訓練に行く前提になっていろいろ質問されたけど、身構えちゃうよね。何か尋問か否定されているような気がして、無理矢理にでも相手が納得するよう動機を取り繕わなきゃいけない気がして必死で語るんだけど、本心は全然そんなことはなくて、でもそれで「一応ちゃんとした動機はあるのか」ってなって、どんどん話が勝手に、自分ではコントロールできない方へ進んでしまう。これが「支援」か…。

 

応募する気になった本当の理由は「自分なりの人間関係を作りたい」ここにある。

家にいると無職、無能が際立つようで、何をしても「でも働いてないよね?お金入れてないよね?」という論法が控えているようで、些細な言葉の内に非難が入っているのではないか?と不安でつらい。外に出れば上記である。

誰にも認めてもらえるはずはないし、自己肯定感も無いに等しい。あらゆる事が不安で、自信が持てない。

だから、人間関係が欲しい。無職でも無能でも否定されなくて、排斥もされない。隠さなくていい。そういう「対等な関係」が。

職業訓練を利用する動機としては、不純なので言えるわけがないし、自分でもどうかと思う。

だけど、仕事で損得の無い関係を作ることは極めて難しいように思うし、他には習い事かボランティアだろうか。どちらも納得しないだろう。

最近になって思うのだけど、この生きづらさのひとつは「他人の顔色を伺ってしか行動できない」ところにあるのではないか。

 

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